日常のつぶやき」カテゴリーアーカイブ

今度こそ 魚の目クンと さようなら・・・?!

              

激暑いですね(--〆)
危うく、熱中症になりかけました・・・。
やっぱり、クーラーという文明の利器を導入したほうが幸せ、かも・・・。

さて。
わたくしめは●ちゃんねるのせどりスレは読んでないのですが、
●ちゃんねるのスレで時々見ているモノがあります。
それは・・・。
足裏専用の、魚の目スレ。

見るだけでカキコしたりはしないのですが、カキコしてる人たちが、
「これって魚の目ですか?」と画像や動画のリンク貼ってるのは飛んでいって見たりしてました。
我が死闘の参考になるかも~と。
中には「これは、魚の目じゃなくてイボ!はよ医者に行け!」と言われている人もいたり。
イボはウイルス感染でできるので、魚の目と勘違いしてほじくると、
他のところにウイルスがくっつき、増殖するんだとか・・・。
自称「魚の目フェチ」という人もいたり・・・。
魚の目の芯をほじくり出す動画を見るのが大好きなんだそうな。
たぶん、この人かさぶたはがすのも大好きなんやろうなぁ・・・。

わたくしめの足裏に10年以上も居座り続けた魚の目、
昨夜ついに芯を完全に除去できたようです~。
いや~、5月初旬から死闘を開始して実に3ヶ月。
今、足裏のヒールだこのあったあたり、真皮剥き出しの状態なのでその痛み・・・は、
ちょこっとあります。
一応、でっかい絆創膏で保護しているけど。
でも、絆創膏の上から押して・・・。
あの、魚の目の芯が残っている時の、圧迫痛はありません~。
やれやれ。
魚の目の芯は角質でできているので、硬いのです。
取れるときは、ポロっと超ミニチュアのエリンギみたいな白いものが取れるのでございますよ。
原料(?)が硬い角質、なので、少しでも残っていると、
上から押した時に神経を圧迫して痛みが出るのです。

もうこれで大丈夫・・・やろうと思うけど、万一微細な芯が残っていて再発したら、
その時は素直に皮膚科行きます・・・。
でも、「結構深いからメスで抉りますよ」なんて言われたら嫌やなぁ~。
そうならないよう、足裏ケアせねば~。

タコや魚の目治療するためには、足裏に負担かけないようにするのが一番。
合わない靴は履くのを諦めるとか、長時間立ったままの状態で体重かけるのは避けるとか。
皮膚科や外科のドクターによっては「歩くの控えてください」なんてのたまう人もいるそうな・・・。
どないして生活せい、っちゅうんや~!

いや~、これでやっと立食パーティ出席するとか長時間ほっつき歩くとか心おきなくできますわ~。

真皮剥き出しの足裏写真アップしようかと思ったけど・・・。
撮った自分が見てもかなりイタイタシイのでやめときま~す。

やっとパンプスとかサンダル履けるけど~足裏保護はちゃんとしよ~。

レーシック 受ける前には 熟考を~。

              

さて・・・。
今日は眼科主治医の母校の大学病院に行ってきました。
診察の予約時間の1時間以上前に病院に入ってください、と言われ、「?」と思っていたのですが・・・。

到着して疑問氷解。
あちこちの病院から紹介状携えた患者さんでごった返しておりました、初診受付。
順番待ちをし、ようやく自分の番。
紹介状渡して診察申込書書いて・・・。
「診察券と眼科の問診票お渡ししますので、記入したら眼科の受付に提出してくださいね」と言われるまで、実に30分以上(@_@;)
車で連れてってくれた我が家の大きな子供(夫とも言う)は、初診受付前でベンチに腰掛け、寝くたれておりました・・・。

お昼を食べてから、眼科へ。
眼科の視力検査から始まる様々な検査を受け(これだけで結構疲れる~)、いよいよ診察室へ。

主治医が紹介してくれた、レーシック後の目への白内障手術経験豊富なドクターにも話を伺うわたくしめ。

ドクター 「レーシックで角膜表面を削っているので、やっていない目に比べると狙った視力が出づらい傾向にあるんですよね、実は」

わたくしめ 「そうなんですか・・・」


ドクター 「大体、半数の方で狙った視力が出ず、レンズを入れ直すかメガネ・コンタクトを使うか・・・という感じになります」


わたくしめ 「そ、そうなんですか~(@_@;)」


ドクター 「まだ右目0・8は見えているし、今はまだすぐにでも手術が必要、というほど進行した状況ではないですよ」

というわけで。
右目白内障手術はしばらく様子見することになったのでございます。
あまり早くから手術すると手術前の見え方と比べて「・・・?」と不満に思う患者さんもいるらしく。
もっと進行してから手術した方がいい、そうな。

単焦点レンズと多焦点レンズの違いについても伺ったところ、多焦点レンズは単焦点レンズに比べ、遠くも近くも見えるけれど、遠近感の見え方が劣る・光が滲んで見えるなどの欠点もあり、現状、見え方としては単焦点レンズの方が優れている、とのこと。

特に、わたくしめの左目が単焦点レンズを入れているのに遠くも近くも自然に見えているのなら、多焦点レンズを入れない方がいいかも、とはドクターの意見。
そういえば・・・わが父も白内障の手術をし、単焦点レンズを入れたのだけれど、遠くも近くも自然に見えているのよね~。
術後乱視が出たから乱視矯正のメガネはかけているけれど、裸眼でも生活上不便ない、って言ってたし・・・。
父娘とも都合の良い体質なのかしらん?

恐らく、もう少し進行してから、単焦点レンズで若干近視残し度数で手術することになるでしょう。
ただ・・・レーシックやってるから狙った視力が出るかどうか、というのが不安要素ではあるけれど~。
その時は遠近両用コンタクトとか何か手立て考えればいいし。

今後、レーシックを受けようと思っている方へ。
もし、現在30歳を過ぎているのであれば、いずれ40歳をすぎたあたりから老眼・白内障などの症状が出てきます。
レーシックを受けず、メガネ・コンタクトと上手に付き合い、そうした症状が出始めた頃に、眼内レンズ挿入によって近視を軽減する、という選択肢も考えてみては?

いずれ必要となるレーシック後の白内障治療は、レーシック前の眼軸データが必要(眼内レンズの度数決めるため)・角膜表面の形状の変化により、コンピューターで計算した狙った視力が出ないかもしれない、などのメンドクサさやデメリットもあります。

手術費用が安く済むから、って安易に眼科決めないで、眼軸データを保存してくれているか・レーシック受ける前の術前検査を何度もやってくれるか、というところもきちんとリサーチして眼科決めましょう。
初診当日にレーシックOK、なんて病院は絶対やめときましょうね~。

それにしても・・・暑い1日でしたね~(@_@;)


「御巣鷹の謎を追う」に、思うこと~いつもと違うのだめもどき~

              

今日は広島に原爆が投下された日。
3日後の8月9日は長崎に原爆が投下された日。
さらにその3日後の8月12日は御巣鷹に日航123便が墜落した日。
そして・・・その3日後の8月15日は終戦記念日。

8月上旬は、悲しい記憶に満ち溢れている。
広島・長崎に親戚がおらず、終戦後何十年かして生まれた私にとって、上記4つの事象のうち直接関わりを持つのは8月12日の日航機123便墜落だ。
あの便には、当時私が在籍していた学校の同期生が搭乗していた。
新聞の登場者名簿に知った名前を見つけた時の衝撃・・・。

事故発生当日、日航機行方不明、と第一報が報道された後、墜落地点はなかなか特定されず、迷走した。
ニュースを見ながら、「何でこんなに時間がかかるんやろ・・・」と疑問を抱いていた。
墜落地点が特定されたのは、事故発生から10時間以上経過した、翌日の午前5時半過ぎだった。

何故、墜落地点の特定にそれほどまでに時間がかかったのか?
もっと早く現場を特定できていれば、生存者ももっといたのではないか?
何故、事故発生原因である、日航機の垂直尾翼を相模湾から一部のみを回収し、すべてを回収しなかったのか?

ナショナルジオグラフィックチャンネルの人気番組「メーデー」を見ると、相模湾よりも深い海域に墜落した旅客機の事故では、回収が難しい場合、事故原因に関わりが深いと思われる残骸を重点的に回収する・水中写真を何千枚も撮影する、などして事故原因特定の手がかりにしている。
何故、水深200~300mの海域の相模湾で。垂直尾翼を全て回収しなかっただろう?

この事故には不可解な点が多すぎる。
そのため、事故原因を巡って様々な憶測がなされてきた。
荒唐無稽なものも中にはあったけれど。

ここに、1冊の書籍がある。
事故発生当時、共産党系の新聞「赤旗」の記者で、事故後もずっとこの事故の取材を続けた米田氏による著作だ。

御巣鷹の謎を追う -日航123便事故20年- <DVD>/宝島社
¥1,985
Amazon.co.jp

米田氏は廃棄されようとしていた事故機のコックピットボイスレコーダーのコピーを入手、このソフトカバー本に123便の飛行経路・垂直尾翼を失い迷走状態に陥った機体の状態をCGで再現し音声に合わせ、DVDにしてこの本の付録にした。
文庫本にもなっているが、できればDVDの付いた状態の古本を入手してコックピットの音声を聞いて欲しい、と思う。

事故後、コックピットボイスレコーダーの音声の一部が公開された。
高濱機長の「どーんといこうや」という言葉がクローズアップされ、一時期「事故原因は機長の操縦ミス」というムードが醸成されていた。
しかし、コックピットボイスレコーダーに残された高濱機長の最期の叫びは、「アタマ(機体の機首)あげろ、アタマ!」だ。
コントロールを失った機体を何とか制御しようと、最期の一瞬まで奮闘した姿が目に浮かぶ。
事故当時、この最期の叫びは公開されていない、と記憶している。
何故、公開されなかったのだろう・・・?

米田氏の著書は非常に重要な証言を収録している。
元米空軍中尉、アントヌッチ氏による事故10年後に明かされた証言だ。
アントヌッチ氏は当時乗務していた米空軍機で、事故当日の午後7時20分に、日航123便の墜落地点を特定し、上空を旋回して海兵隊の救助ヘリの到着を待ち、救助に当たろうとしたところ、日本の救援機が向かっているから引き返せ、という命令を受け、午後9時20分には、日本の救援機(管制からの連絡によるもの)も現れたので、横田基地に引き返した、と証言している。
これで日本側の救助活動が始まる、と帰還したのに、翌朝の新聞が墜落現場の特定に困難を極めた、という記事で溢れかえっているのを見て愕然とした、とアントヌッチ氏の証言は続く。
そして、アントヌッチ氏は事故翌日、「この件については何も話すな」と言われ、横田から沖縄の基地に任務で行くことになる。
アントヌッチ氏のこの10年目の証言にある、「午後9時20分に墜落現場上空に現れた日本の救難機」は一体、なんだったのだろう?
これが日本のものであれば、現場の捜索・救助活動はもっと早くから行えたはずだ。

何故、捜索・救助活動はこれほどまでに遅れたのだろう?
また、捜索・救助活動に加わった、一帯の山を知り尽くした地元猟友会のメンバーの「墜落地点はスゲノ沢だ」という進言は何故聞き入れられなかっただろう?
スゲノ沢は4人の生存者が発見された場所であり、事故後自分たち以外の生存者がいた、と証言した地点でもある。
米田氏の著書には地元猟友会メンバーの「スゲノ沢だから早く行くべきた、と言った時に行っていればもっと助けられた」という証言や、遺体収容を援助した医師たちの「発見が10時間早かったら、もっと多くの生存者を発見できた」という証言も紹介している。
これらの事実を、我々はどう受け止めればよいのだろう?

この事故には不可解な点があまりにも多すぎる。
捜索・救助活動が遅れたことも加え、事故原因は再調査されるべきではないのだろうか。

度数決め どないしようか 白内障・・・。

              

毎日毎日、暑いですね(--〆)
こう暑いと、家の中掃除するだけで熱中症になってしまいそうですよね~。
かといって、掃除しないワケにもいかないし、全部ルンバ出動!で済ませるワケにもいかないし。

首元ひんやりベルトのお世話になりつつ、水分補給しつつ、休憩取りつつ、掃除してました・・・。
マジ、ダスキンの家事代行サービス頼みたい・・・。

さて。
右目白内障の詳細な検査のため、明後日は主治医の母校の大学病院に行ってきます。
その日は我が家の大きな子供(夫とも言う)が代休なので、車で連れてってもらう予定。
鬼嫁はこういう時は当然のように「連れていかんかい!」と威張り倒しているのでございます~。

たぶん、瞳孔散大して行う検査があるだろうし、そうすると検査後は辺り一帯まぶしすぎ、まともにモノが見えないので帰宅するのも大変やし。
大学病院、東京都内の大勢ホームにヒトがごった返している、ターミナル駅を2つ利用しないとたどり着けないところにあるのですね。
田舎の我が家からだと。
それでも、角膜移植を受けた病院よりは自宅から全然近いので・・・。
主治医が紹介状を書いてくれたのですが・・・。
いつも通っている眼科クリニックの医師として、大学病院勤務の自分自身に紹介状書くのって何だかヘンな気分・・・と、主治医はつぶやいたのでした。

軽い症状でも、大学病院ホイホイ受診してしまう患者さんを抑制するために、紹介状なしの患者さんは初診料以外にもなんか名目つけて5000円だか徴収するようにしているけれど、対策として・・・効果あるのかしらん・・・?
今度お世話になる眼科も、昨年だったか?完全予約制にして、よほどの急患でもない限り予約なしの患者さんは受け入れない、という方針にしているから、お気軽受診患者抑制にはあんまり効果なかったのかもしれないなぁ。

単焦点レンズを昨年12月に入れた左目は、相変わらず遠くも近くもよく見えているのでございます。
裸眼で標識も見えるし、新聞・雑誌も読めるし。
ただ・・・。
ピアノの譜面台に置いた譜面見るときに何だかピントが甘い感じ。
ホント、多焦点レンズの見え方に近いのでございますよ。
ナゾ・・・。

片目に単焦点レンズを入れている場合、残りの目に多焦点レンズを入れることは通常ならしない、らしいので・・・。
レーシックをやっている右目の眼軸長を正確に計測し、どういう見え方を希望するかによってレンズの度数は決めるワケだけど、上記の条件考えれば恐らく単焦点レンズを入れることになるんやろうなぁ・・・。
その上で、遠近両用コンタクトレンズ(最近は性能が良くなってきたそうな)を入れるか、或いは・・・。
左目みたいに、若干近視残し度数にするか。

左目に起きている都合の良い現象が、右目にもそのまま起きてくれないかしらん、とムシのいいことを考えつつ、どうするか・・・を、真剣に考えているのでした・・・。

左目が近く見えてるから、右目遠方合わせでもいいんやけど、そうすると遠近感が若干犠牲になるし~。

浅くても 魚の目戦は 長期戦・・・。

              

この1ヶ月間の、このあほあほブログへの検索ワード。
一番多かったのは・・・。
「魚の目 芯 取り方」でした。

それだけ、悩んでらっしゃる方が多いってことでしょうね。
せどり修行記のハズ、なんやけどね~。
ま、いっか~。

わたくしめは5月から魚の目との死闘を開始し、ついに約3ヶ月。
芯の食い込みの浅さを実感しつつも、まだまだ戦いの日々を送っているのでございます。
思えば・・・。

大学に入学し、ヒールのある靴を履き始め、最初は足裏のマメだったものが・・・。
いつの間にやら立派な魚の目に~(@_@;)

10年以上、飼っているんやから、そう簡単には戦い終了・・・しないのかも。

スピール膏貼る→角質ふやかす→角質剥がす→芯引っこ抜く→またスピール膏貼る
というサイクルを繰り返し、繰り返し・・・。
芯を引っこ抜く時に少しでも芯が残っていると、そこからまた増殖を開始するので、
流血しようが痛かろうが、我慢して引っこ抜き続けるのでございますよ。

たぶん・・・。
皮膚科で液体窒素療法やってもらっても、同じくらい治療期間かかっただろうし。
外科でメスでくり抜く手術もあるけれど、やったあとの痛み半端ないらしいし。
レーザーで焼く方法もあるそうやけど、保険適用外やから、
大きさによっては1回で4~5万かかるらしいし。
家でじっくり戦うことにしたのでございます。
先は見えてきた、という感じもしますしね。

で、なんで今日こんな記事をまた書いているか、というと・・・。
夕べ、角質除去しつつ、魚の目の芯をいくつか引っこ抜いたんやけど・・・。
まあ、流血は3秒も続かなかったんやけど・・・。

超ミニチュアなエリンギみたいな芯が抜けた痕、ちっこい穴が空きまして・・・。
傷口を消毒、厚手の絆創膏使って保護しても、痛い・・・のでございます。

そんな足で今日、御茶ノ水と秋葉原ほっつき歩いたもんやから・・・。
今、足がジンジンと痛むのでございますよ~。
痛むところをかばって歩いたから、足裏だけでなく足全体が痛い~。

というわけで・・・。
魚の目を飼っている方は、外出予定のあるときは芯を引っこ抜くのは止めておきませう~。
マジ、痛い~。

そんなアホ、あんただけやで~というツッコミは固くお断りいたします~。