せどりと日常のつぶやき」カテゴリーアーカイブ

大人気 鳥獣戯画は ガチャまでも

              

子供の頃から、鳥獣戯画が好きやった。
昨年の上野での展覧会は、招待券を2枚いただいたので、
上期、下期、それぞれ1回ずつ観に行った。
作品保護の観点から、展示替えがあったのよね。
長蛇の列、3時間待ち。
さすがに、伊藤若冲の6時間待ちは耐え切れず、諦めたけど。
鳥獣戯画だと我慢できるのは、愛?

さて。

その鳥獣戯画、なんだか以前よりもさらに人気が高まったような感じ。

もともと、人気の高い国宝で、小学館の雑誌、和楽が創刊された時には、
創刊号から半年間、毎号、海洋堂が作成した、鳥獣戯画のフィギュアが付録についた。

当時、和楽は書店で購入することができない、年間購読(半年もあったかも)のみ、
毎号ご自宅にお届けします、というスタイルで販売された雑誌。

もちろん、私。
鳥獣戯画のフィギュア目当てで、年間購読しましたとも。
そしてもちろん、その和楽の付録フィギュア。
我が家に、大切に保管されている。

その和楽も、宅配、年間購読だけでは販売が厳しかったのだろう。
1ヶ月だけでも宅配購入が可能になり、そのうちに書店でも購入できるようになった。
そして、今では毎月発行から、隔月刊に。
雑誌が売れない、出版不況が透けて見える事態になっている。

話がそれてもうた。

鳥獣戯画、漫画のルーツとも言われている。
鳥羽僧正が描いた、と言われていたけれど、近年の研究では、
宮廷絵師集団が描いたんじゃないか、と言われている。

鳥獣戯画関連の書籍もいろいろ出ているけれど、
ついに、というか、とうとう、というか。
カプセルガチャにもなった。
第一弾がこちらで、

第二弾がこちら。

第三弾は根付らしい。

一つ300円のカプセルガチャの、コンプリートセット。
密林様でプレミア価格になって、上に紹介した感じ。
どちらのガチャも、リリースされてあっという間に、売り切れ。
それにしても、すごい人気。
中には、コンプリートして、ヤフオクや密林様で売るぞ、と考えたツワモノがいただろうけれど、
第一弾も第二弾もなんだかかわいらしくて、手元に欲しい、と思ったヒト。
それだけ、大勢いてはった、ってことなんやろうなぁ。

全種首尾よく揃えたとして、7種の場合、2100円。
プレミア価格でも、全種揃えたいヒトにとっては、手間暇かけるより、
高くてもいっぺんに、確実に揃えられるのがいいんよね。
ビジネスの基本は、顧客の問題解決。
漫画の全巻セットが、バラ売りで揃えるより高くついても、売れるのも、
確実に一気に手元に入手できる、からよね。

そう、ビジネスの基本は、顧客の問題解決。
こんなところにも、透けて見える。

夏に向けて扇子新調。
白檀の香りが気持ちいい。
扇子って、男女用分かれてるけど、大きさの違いだけで、女性が男性用使ってもOK。
扇子袋も、この柄で新調してもうた。
ちなみに、密林様では、再入荷の見込みなし。

密林様で検索すると、鳥獣戯画グッズ、わんさか出てくる。
大人気やねぇ・・・。

最大の セールスポイント 見えてない?!〜浜松の中のブラジル〜

              

誰にでも、何かしら強みがある。
チャームポイント、というか、セールスポイント、というか。
でも、自分の中にある、その強みに、自分自身で気がつくことは難しい。
客観的に自分を見るのが難しい、のもあるけれど、
「こんなん、強みになるん?」と、他者から見た自分の強みに無頓着で、
正当に評価できないから、かも。

なんで、こんなことを書いているか、というと。

今日、Twitterで、WEBマーケティングのコンサルである、
永江一石さんが、こんなことを呟いていたから。

「浜松市って本当にモッタイナイ。
街中ブラジリアンばっかりでブラジル食材のスーパーとかブラジリアンばっかりのカフェとかたくさんある。
リオのオリンピックも間近だから、日本に居ながらブラジル気分のアピールやったら日本中からかなり集客できると思う。
ブラジル遠すぎて行けないもん。」

その呟きを眺めていて、永江さん、以前にブログでも書いていたなぁ、と思い出す。

浜松は我が亡母の故郷。

私が物心ついた頃はもう、街中にブラジル人がいっぱいいた、と記憶している。

今では、 ブラジルの食材を扱うスーパーがあり、レストランがあり、
小学校や中学校には、1学年に(いや、もしかしたら1クラスかも)ひとりくらい、
ブラジル人の子がいて、在浜松ブラジル総領事館があり、ブラジル銀行濱松支店まである。

永江さんがつぶやいていたように、ブラジルで開催される、
ワールドカップとかオリンピックに合わせて、観光客を誘致する動きがないのは「モッタイナイ」。
そんな風に映るやろうなぁ。

なぜ、浜松市は、観光資源として、街中がブラジルブラジル・・・していることを活かさないのか?

それはおそらく、「それが観光資源になるかも」なんて、考えていないから。

もともと、静岡県は日本のブラジル、と言われている。
特に盛んなのは、静岡県中部、藤枝市、清水市(現静岡市清水区)のあたり。
明治時代に、藤枝東高校(ゴン中山隊長母校)の前身の旧制中学が、
体育にサッカーを取り入れ、それが広まったから。

学校の合併でなくなってしまったけれど、Jリーガー養成校とまで言われた、
清商(清水市立商業高校)なんて、ブラジル人コーチ、招聘していたし。
今では、日本のサッカー人口も増え、全体のレベルが上がったので、
静岡一人勝ち、状態はなくなったけれど。

もともと、サッカーが盛んな静岡県内で、サッカー部を持っていて、
大規模工場を持っている企業は、静岡中部ではなく、西部の遠州地域に存在していた。

高度成長期以降、工場労働者として、出稼ぎで日本にやってきた日系ブラジル人。

彼らが遠州に引き寄せられたのは、一つには静岡が日本のブラジル、
と言われたサッカーどころであり、遠州では本田技研とヤマハ発動機の2社が、
天竜川を挟んで、サッカーでにらみ合っていたのも作用しただろう。
ちなみに、この2社の対戦、天竜川対決とか呼ばれていた。

40年以上前のこと、彼らの母国の国技であるサッカーとはレベルが全く違ったろう。
それでも、「おらが会社のサッカーチーム」を観戦・応援するのは、楽しかったはず。

その他に、よそ者である、和歌山出身の山葉寅楠(ヤマハ創業者)の起業を受け入れる、
遠州人の大らかさ。
気候も穏やか、食べ物は美味しい。
物価も首都圏よりずっと安く、生活しやすい。

こうした条件が重なり、最初期に来た日系ブラジル人を頼って、その友人、知人、親戚が来日する。

そうして、どんどん浜松に、日系ブラジル人が増えていき、どんどん浜松に溶け込んだ。

今では、日常に当たり前のように溶け込んでいるので、それが他地域の人から見たら、
物珍しく見え、観光資源になるかも、なんて考えられないくらい、
すっかり日常化してしまった。

自分にとっての当たり前のことが、他人から見たら凄いこと、だったりする。

自分には強みになるようなものなんて何もない、なんて諦めムードになる前に・・・。

もう一度、じっくり考えてみるべし。
自分の中に、「浜松の中のブラジル」みたいなもの、見つかるかもよ。

新卒は 起業より企業 まず入れ

              

昨年、6月から事情で続けていた、期間限定社畜兼業生活。
やっと、先月末で足抜け。
ホンマは短期間の予定だったけど、都合でズルズルと延び、
結局、気がつけばほぼ1年。
専業生活、やっとこさ復活。
しんどいことも多いけれど、社畜生活、得るものも大きい。
決して無駄なことなんてない。

とはいえ・・・。
通勤電車は地獄だし。
勤務先にはそれしか話題ないんかい、とツッコミたくなるような、
他人の陰口、悪口叩き倒してるヒマジンもいたし。
残業でひどい時は、帰宅が午前様になったこともあったし。

ホンマに、疲れたわ。

なんで、さっさと足を洗わなかったか、というと。

輸出入の業務に、携われたからなんよね。
東京税関の調査なんぞも体験したので、今後に活用しちゃる。
複数人でゾロゾロやってきて、それぞれに同じ資料を要求したりする。
多分、同じことを人を変え、角度を変えて攻めることで、
何かしらのほころびを見つけようとしてるんやろう。
見つけたら、そこを重点的に攻め立てるつもりで。

資料探して渡してるこちら側としたら、面倒くさいことこの上ないけれど、
調査対象を苛立たせて、ボロを出させる作戦なんやろう。
輸出入やってるヒト!
税関の調査きたら、おそらく、その手の挑発してくるやろうど、
絶対に乗ったらあきまへんで!!!

話が思いっきりそれてもうた。

どんな経験も、決して無駄にはならない。

無駄にしてしまったのだとしたら、厳しい物言いになるけれど、
その経験から何も学ぼうとしなかった、本人の問題。

今回、期間限定社畜をやって、得られたこと。

その1。
輸出入の実務に、お金もらいながら携われたこと。

その2。
他人に使われる気持ちを、味わえたこと。

その1は上記にある通り。
修正申告の手伝いしてたから、今後、自分が輸出入やる時に、
絶対、この経験は活きてくる。
それを、お金もらいながら、そんな経験積めたんだから、実にありがたや。
社会人になると、こんな機会はなかなか得られないし。

その2は、外注スタッフを使うにしても、あるいは常勤スタッフを雇うにしても、
こういう扱い方されたら腹たつわな、と思う事例を、自分の中に溜め込めたこと。
まあ、社畜生活って、理不尽の連続やけどね。

ネットで時々見かける、若いヒトの、就職なんてせずに、
起業すれはいいんだ、という意見。

一理あるかもしれないけれど、一度は就職した方がいいぞ、と思う。

クレジットカードも、サラリーマンの方が、自営業者より作りやすい。
ローンも組みやすい。
総じて、社会的な信用も、サラリーマンの方が自営業者より、得やすい。

起業するのは、大学卒業して、一旦勤めてからでも遅くない。
若い時に、給料もらいながら、仕事で実戦経験積んでいく、
上司や先輩からお小言くらいながら、ビジネスマナーを身につける。
仕事上知り合った人たちと、人脈を築いていく。
辛いことも多々あるけれど、それは得難い経験になるはずやし、
ある意味、ものすごく贅沢な経験でもある。

大学卒業して、いきなり起業するのは、そういう機会を持てないことと紙一重。
モッタイナイ、と思う。
新卒採用の道を捨てて起業して失敗しても、給料もらいながら経験積む、
そんなある意味贅沢なコースには、おそらくもう乗る機会が持てないだろうし。

若者は、一度は社畜生活送るべし。
そして、その経験を無駄にしないよう、心がけるべし。

咳酷く 頚椎ヘルニア ぶり返し

              

4月、風邪を拗らせて気管支炎になり、夜は激しく咳き込んで眠れない。
激しく咳き込みすぎて喉の粘膜が荒れてしまい、
ご飯を食べた刺激でまた激しく咳き込む。
そんな地獄のような1ヶ月が過ぎ、ようやく咳が治まり始めた頃。
また、新たなダメージが私の体を襲った。
それは何か、と言うと・・・。

以前、駄目リカンショートヘアー母娘が元気だった頃のこと。
キャツらは、私の寝床に潜り込んで眠るのを当然のこととしていた。

そんなある朝。

起きると、キャツらに寝床内で押しやられていたゲボクの私は、
眠っている間に、不自然な格好になってしまっていて、
思いっきり、首を寝違えていた。

首が痛いなぁと思いつつ、仕事に行く。
当時は、インターネットの古本屋さんではなく、給与所得者。
首かばいつつ、湿布を貼り、仕事をしていた。

翌日。

首の痛みは収まり、やれやれ、と思っていた。

ところが。

さらに、その翌日。

左腕にしびれを感じた。
肘から、親指にかけて。

正座した後に感じるしびれを軽くしたようなしびれ。
それがずっと続いている。

「なんや、これ?」

なんだか、イヤな感じ。

当時の勤務先の近くに、整形外科があったので、退勤後にその病院に行く。

「こんな症状で」と説明すると、レントゲンも撮らず、触診もせず。

「頸肩腕症候群ですね」と診断され、薬を処方された。
でも、しばらく通っても、一向に良くならない。
それどころか、しびれが悪化してきた。

絶対に、おかしい。

そう思った私は、自宅近所に整形外科がないか探し、知人に評判を聞いて、
その整形外科で診てもらうことにした。

受付で症状を伝え、2時間(!)近く待つ。
レントゲンを撮ってもらい、いざ診察。

「こうすると、症状酷くならない?」と、先生があれこれ触診。

「頚椎ヘルニアだね」
「しばらく、通ってね」
「牽引など治療して、良くならなかったら」
「最悪、手術も考慮しないとね」

が〜〜〜〜ん。

手術は嫌や〜と思い、せっせと通院し、1ヶ月ほどで症状消失。

整形のドクターからは「油断するなよ」と釘刺された。

それ以来、何年間か、平和に過ごしていたのに・・・。

気管支炎の咳のしすぎで、首に負担が蓄積されていったらしい。

咳が治まってきた頃、左腕にいや〜〜〜なしびれが。

このしびれ、頚椎ヘルニアの、あのしびれやんか〜〜〜。

やっと内科通いが落ち着いたところなのにさぁ。

こうして、4月は内科、5月は整形外科に通いつめる生活、余儀なくされたのであった。

整形外科のドクターから、首に負担をかけないよう、
念押しの五寸釘で釘を刺された。

健康第一。

首の保護に良い方法教えてもらったので、それを実践しつつ、気をつけて生活するぞ。

うん、

垢VANは ある日突然 やってくる?!

              

最近、交流のある複数のせどら〜さんが、密林様に垢VANされる事態が続いていた。
垢VANとは、密林マケプレのアカウントを停止されること。
共通していたのは、ある日警告が来て、その後垢VANされ、
密林様に詫び、というか、改善計画を出して、許され、アカウントが復旧していること。
しかし、そのまま・・・密林マケプレからの撤退を余儀なくされた事例も。

先日の日曜日。
せどりRank完全版の勉強会に出席。
開発者の鹿野さんが、せどりRankに便利な機能を追加してくれたので、
その説明をじかに聞きたかったし。

今回の勉強会で取り上げられた新機能、マジ便利。
使い倒さねば。

かなり多機能で、ヒトによっては使わない機能もあるから、
完全版と無料版の間の、機能制限で月額安いコースも作って、なんて要望も出てた。

さて、勉強会後は懇親会。

ここで、参加していたせどら〜さんから、そのヒトの周りでも、密林マケプレの垢VAN嵐が吹き荒れていることを知らされる。
詫び、改善計画を出して、許されてアカウント復旧するのも、私が聞いていた事例と似通っている。

そうした会話の中で、垢VANになり、アカウント復旧も許されず、密林マケプレを去ることを、
余儀なくされた事例があったのを知った。

昨今の垢VANの嵐、どうやら扱っていた商材が密林様の怒りを買ったから、というのが、
私の聞いた事例では共通していた。

ところが、懇親会の席で知った事例は、そのパターンには当てはまらない。

問題になっていたジャンルの商材、扱ってはいなかったし。
いや、もしかしたら、私が知らないだけで、他にアカウントを持っていて、
そちらのアカウントではその商材を扱っていたのかもしれないけれど。

評価数もかなり持っていた出品者。

一体、何があったんや?

密林様の評価も、それなりに高かったはず。

出品者数が今ほど多くなかった頃からの老舗(?)出品者。
密林様の担当営業者も付いていたはず。

一体、何やらかして、密林様をそこまで怒らせたんや?

私の扱っている商材と、この老舗(?)出品者の商材は被っていた。

出品するたびかぶり、一つの商材の出品数も2桁後半、下手したら3桁。
それでカートを独占されると、こちらはなかなか売れない。
そんなジレンマに陥り、何度悔しい思いをしたことか。
その老舗(?)出品者が、垢VANになった・・・。

最近、見かけないとは思っていたけれど、輸出入など、
商材を変えたのか、と思っていた。

この老舗(?)出品者の事例から得られた教訓。

何年にも亘って出品者としての実績を上げていても、
密林様を怒らせてしまったら、情け容赦なく、密林マケプレから、
退場せざるを得なくなる、ということ。

お〜コワ、クワバラクワバラ。

密林様の逆鱗に連れないよう、間違っても規約違反をしないよう・・・。

密林マケプレの軒を借りている以上、細心の注意を払って、
密林様の顔に泥を塗らないようにせねば。

改めて、肝に命じたのであった。